【地方創生・北海道】他に類を見ない北海道の歴史的背景…小磯修二・北海道大学公共政策大学院特任教授(後編)

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    首都圏への人口・商業施設の集中からの脱却を図る「地方創生」が叫ばれる中、地方の企業はどのように先代からの伝統を引き継ぎながら、新たな事業展開を図っているのでしょうか?そこで、北海道札幌市に住む筆者が北海道の企業の社長や団体の代表者に「地方創生」について伺っていきます。

     

    北海道大学公共政策大学院特任教授として教鞭を執る小磯修二さんは、今年度を持って常任教授の任期が満了となります。今学生たちに伝えていること、そして今後も伝えていきたいことは何なのか……地域活性化のためのモチベーションを持ってもらうにはどうすればいいのか、その答えを教えてもらいました。

     

     

    北海道が100年で近代国家に発展した政策の仕組み

     

    実際、霞が関から釧路に移って来てどのように思われましたか?

    「自分が憧れた場所なので、極々自然でした。ただ最初は辛いこともありました。私は意気込んでやって来たのですが、あるタクシーの運転手さんは『東京でお役人をやっていた方が、なんで釧路なんかに……』と言うわけですよ。『こんなところに何があるんだ』と。地方の方々の、自分たちが住んでいる場所への意識を何とか変えたい……これがモチベーションになりました。とはいえ、自分の故郷を愛しどのように発展させていくかを真剣に考えている方々も多く、どんどん仲間が増えていったのは釧路時代の醍醐味でしたね」

     

    13年の釧路生活を経て札幌へ……小磯さんが大学に身を転じてからは17年ちょっと経過していますが、北海道が世界的にも稀なスピードで発展した理由は何だとお考えですか?

    「これはとても大事であり難しい質問です。ODAや国際協力に携わっている方々からも近い質問を良く受けるのですが、北海道の近代化における150年のうち最初の100年の大きな政策の特徴は3つあると考えています。1つめは、国による総合的な開拓・開発システムがあったということです。まずは開拓使なのですが、実は10年ちょっとでほかの府県並みの政策(三県一局時代…1882年に開拓使が廃止され、札幌県・函館県・根室県・北海道事業管理局が設置された)に切り替えられます。しかし、(環境が違う)北海道を本州と同じ制度にすると大きな問題が発生し混乱してしまいました。そこで当時の参議・伊藤博文が金子堅太郎を特使として北海道に派遣、『北海道にはまだ総合的な開拓・開発が必要』という視察結果が出て、1886年に三県一局を統廃合して内務省内に北海道庁が設置されました。戦後に内務省が廃止されてからは北海道開発庁が総合的に政策を立ててきた……光と影はあるのですが、少なくとも国がほかの地域にはないしっかりした体制でサポートしてくれたのは大きかったと思います」

     

    長期にわたって国がサポートしてきたと。

    「そうです。2つめは、常に長期の総合開発計画を持っていることです。10年・20年という長期に渡る計画を立て、そこに安定した資金を運用したわけですが、中には失敗もあったものの世界的にも例のないものです。そして3つめは、それらを支えていく財政システムです。公共事業に関してのお話ですが、今も北海道は一括計上という安定的な配分システムが採用されています。これは、来年の北海道に対する公共事業予算がどれだけあるのかがわかるというもので、このシステムは日本復帰時に沖縄県が採用しただけです。ほかの地域では、総合的に公共事業予算を調整する仕組みがないんです」

     

     

    北海道の経験は海外で生かされている

     

    北海道が経験してきたシステムは、ほかの地域にも採用されているんですか?

    「実は、台湾にこの経験が伝えられました。日清戦争後に台湾は日本の植民地になりましたが、軍部統治がうまくいかなくて後藤新平という文官が台湾の統治を担当することになりました。このときに台湾に呼ばれたのが(札幌農学校で教鞭を執っていた)新渡戸稲造です。後藤と新渡戸がやったことは、戦前の北海道拓殖政策と同じく、台湾の産業を振興させそこで得た利益を日本国が収奪するのではなく、台湾の統治のために投資するという方法でした。また、台湾の方々の慣習をそのままにしました。結果、今も台湾の方々が日本に対して紳士的で、特に北海道のファンが多いというのは、このような形で北海道の経験が台湾に伝わっているという背景もあるんです」

     

    今、小磯さんが特に伝えていきたいことは何ですか?

    「地域活性化のモチベーションを高めるためには、今の地方の状況を科学的にしっかり分析して伝えていくこと……説得力のある説明が必要だと思います。そこに社会科学の専門家の役割があります。私が釧路に行ったときに、観光がこれからの釧路を支える産業になるとお伝えしたのですが、当時は誰も見向きもしませんでした。そこで私は、2年をかけて観光の実態分析をしたんです。釧路・根室地域における観光客の消費の実態を丁寧に調べ上げて、そのお金がどのような産業に流れているかを独自の資料にまとめました。観光というと、旅館やお土産屋さんなど観光事業者のための産業だと思われていたわけですが、観光客の消費はコンビニをはじめさまざまな場所で行われていたわけです。そのデータを漁協に示すと、これまで築地や札幌に卸していた海産物を地元に卸すような取り組みを始めました。そうすると地域の中でお金が回るようになり、観光客も喜び反応もでてきて、結果的に築地での価格が上がるという好循環を生み出しました。データに基づいた説明で、漁協が『自分たちも観光業の一部だ』と気付いたわけです。感情だけでは人は動かない……冷静なデータ分析が、地域活性化に今求められているのではと思います」


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